3月29日(火)
名古屋、今日は暖かくなりました。ようやく春らしさを肌で感じることができます。日本中に早く春が来るといいなぁ。
またしても、思うことを書いてみました。今日は長文です。興味のある方だけどうぞ。
大震災から2週間以上経ち、状況は未だに悪くなるばかり、毎日毎日これでもかと重いニュースが届きます。
それでも、私は毎日ツイッターでできる限りの情報に目を通すようにしています。ニュースサイト、専門家のコメント、中近東の状況、有識者のブログ、一般の人たちが綴るブログなどなど。昨日は、被災地である岩手県陸前高田に行ってきた看護士さんのブログを読んで、涙が止まりませんでした。彼女の体験が教えてくれることは本当に多くて、そのブログを紹介してくれたツイートに向かい、リツイートしようかと思いながら、しばし逡巡して、結局やめました。その看護士さんはリーダーナースから「現場では絶対に泣かないこと。あなたたちが泣きたい気持ちなんかより現地の方々はどんなに泣きたいか。こんなに裕福な東京医療チームの涙なんて現地の人には迷惑や嫌味だから』と言われたそうです。まして、暖かい部屋でコーヒーを飲みながらコンピュータの画面に向かって泣いてる自分が、どれだけ甘ちゃんかと思ったら。同じ立場で私が同じことをできるかと自分に問うたら、絶対に無理だから。彼女のおかげで色んなことを考えることはできたけれど、私は彼女の体験を読んだ一人の人なだけだから。リツイートボタンは押せませんでした。
その後、テレビを見たら、埼玉の自治体が販売した住宅街が液状化を起こして家が傾き、住民達が自治体を相手に責任を問いつめ訴えている映像が流れていました。どうしようもない違和感がありました。埼玉の液状化も、津波に流された東北の被災地も、原因は同じ地震。一方で家族を失い家を失い仕事を失った被災者がいて、「頑張れ東北」と日本中が一つになってるはずなのに、液状化で家が傾いて、やれ責任だやれ補償だと目を吊り上げてる人たちがいる。同じ村にいたら、「私たちはこれで済んでよかった」と思うかもしれないのに。もちろん、私だって、自分のことだったらと考えれば、何とかしてくれと言いたくなると思う。ローンを組んで買ったばかりの夢のマイホームが、砂の上に建てられていて傾いてしまったら、冷静ではいられないと思う。だけど、いくら政府に補償してくれといっても、これから政府はものすごい予算を復興に当てないといけない。それは無尽蔵じゃないから、どこかで線を引くことになる。岩手も宮城も茨城も埼玉も被災地であることは間違いなくて、でもどこまで国が補償するかという、この線引きは、少し落ち着いた時期に、いろんな争いの芽になるのだろうかと、埼玉の人たちを見ていて思いました。
「
砂上の楼閣」という言葉が頭に浮かびました。
おおげさに言えば、自分の物といって所有している土地なんて、人間が勝手にルールをつくって決めてるだけのことで、もともと人間の所有している土地なんてないんじゃないかと。地球にしてみれば、猿も熊も人間も同じじゃないかと。土地を売買している人間の営みなんて、地球にあざ笑われている気がしてきました。
今思うと、「地球にやさしく」というフレーズのなんと陳腐なことか。私たち人間が地球にしてあげることがあるなんて、驕りとしか言いようがありません。本当のエコ、本当に地球にやさしくするというのは、
地球に対して謙虚でいることでしかないんですね。
人は自然に「生かされている」。もっと早くからそれをわかってる人たちはたくさんいたのでしょうが、私は愚かだから、ようやくわかりました。
日本では、もともと八百万の神を信じ、森羅万象に神が宿ると考えてきました。桜を咲かせ紅葉で山を美しく染め、水で田畑を潤わせ、私たちに恩恵をもたらす、その同じ自然が、噴火や台風や地震や津波で命と暮らしを奪う。人は自然に「生かされている」。古代の人が自然を畏れ敬ってきたからこその考え方。その日本に、今回のような災害が起きたのは偶然ではなく必然。歴史の繰り返しのうちの一つに過ぎないのだと、千年に一度の災害に居合わせて実感します。地球は生きてる星で、星として活動してて、人間はこの星の上に生きてる動物の一種に過ぎなくて、火山や地殻の活動を人がコントロールすることなんてできないという、あたりまえのことを思い知りました。忘れていた日本人ならではの自然観を取り戻す機会なのかもしれません。
同時に、「
持つ人の弱さ、持たない人の強さ。気持ち次第。」という宋文洲氏のツイート(震災前)を思い出しました。持っていると、失ったものに呆然としてしまいます。持っていなければ、いつでもゼロから始められます。
今回の大震災で、私の今までの価値観そのものが相当に揺さぶられています。阪神神戸大震災のときには、少し違っていました。それは、私が独身だったからかもしれません。お勤めをして会社からお給料をもらってる立場だったからかもしれません。あるいは、ただ年齢のせいかもしれません。
今回のことで、私は、被災した方の悲しみをあえて言葉にしないことにしてきました。ビートたけし氏が「2万人が死んだ一つの事件」ではなく「1人が死んだ事件が2万件あった」と書いていました。本当にその通りで、悲しみの一つひとつは、とても特別でとても個人的なもの。当事者でない私は、沈黙を持って寄り添うしかありません。
では、寄り添うというのはどういうことか。それは、日本中で皆が考えていること、自分は何ができるかということ。それを、私も毎日考えています。
今の私は自分の暮らしだけで必死です。自分の名前で自分の責任でいろんな物を背負って、正直に言って余裕なんてありません。私にできることは救援活動に役立つお金を送ることだけとわかってはいるけれど、たくさんの寄付なんてできません。
被災した人たちの中にも、被災前に今の私と同じ状況だった人はたくさんいたはずだと思うと、胸が張り裂けそうになります。それが、私だったかもしれないのです。テレビに映る被災地の人たちの中に、たくさんの私がいます。あの人が私だったかもしれない。あの人がBOSSだったかもしれない、あの人が母親だったかもしれない、あの犬がBOZZだったかもしれないと思って、テレビを見ています。
自分のことではないけれど、自分のことのように思うこと。いつも思うこと。忘れないこと。今の私には、それが寄り添う気持ちです。幸い、私はタフなようで、今のところ精神的にも肉体的にも参ってはいません。目を逸らさず、現実と向かい合っていきたいと思います。
今回のことで、私は
誰も責めないことにしました。もちろん、政府や電力会社や専門家が改善すべきことはあるのだと思います。いろんな人の意見を知りたいとは思います。でも、それに対して私が声を荒げて責めることには何の意味もありません。しかるべき人がしかるべきアドバイスをするしかないのだから。
巷で言われる「買い占め」も、スーパーの棚が空なのは、被災地優先に物資が贈られているからだと考えるようにしました。たくさん買っている人は、今から被災地に送るためだと思うようにしました。誰かに怒りを向けるより、ずっと気持ちが楽です。
もうひとつ、心に刻んだ言葉は、内田樹氏が養老孟司氏と話しているとき養老氏が語ったという「
今、我々の目の前に繰り広げられていることは、問題ではなく答えだ。」(ツイッターで読んだ記憶なので正確ではないかもしれないけど大意は合ってると思います)という言葉。この言葉は、原子力発電についてどう考えていいかわからなかった私に、道筋を見せてくれました。
とにかく、本当に、毎日毎日、いろんなことを考えます。
もし自分に同じことが起きたら、「こんなことになるなら、ああしておけばよかった」と思うことがあるとしたら、何だろう。既に人生折り返している私たち夫婦にとって、これから先、何が一番大事なことだろう。と、自分に日々問いかけています。
何よりも、一つでも多く、一秒でも早く、必要な物が必要な人に届きますように。日本中、世界中の気持ちが届き、傷ついた人の励ましになりますように。